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1964 4TH IXO FERRARI 1512 L.BANDINI〖🏆1〗
L・バンディーニ 唯一の勝利 終盤2戦は青いフェラーリで参戦 1964年 バンディーニはF1 通算4年目 フェラーリで自身初のシーズンフル参戦 チームメイトは ジョン・サーティス R5イギリスGP 決勝5位シーズン初入賞 R6ドイツGP 決勝3位 と調子を上げると R7オーストリアGP 予選7位 ダン・ガーニー(ブラバム)がリタイアすると 47周目からトップに立ちそのままフィニッシュ 決勝参戦21戦目にして初優勝 結果的にバンディーニF1唯一の勝利となった 当年フェラーリの他カテゴリーでのトラブルで イタリア自動車協会に競技ライセンスを返上 終盤2戦の北米ラウンドでは 米のディーラー系チーム ノースアメリカンとして 参戦して青字に白いストライプという アメリカのナショナルカラーにペイントで参戦 サーティスがチャンピオンを獲得した モデルはIXO デアゴスティーニ F1マシンコレクション 83号 最終戦R10メキシコGP仕様 予選3位→決勝3位 バンディーニはエースのサーティスに順位を 譲りチャンピオン獲得をサポート フェラーリのコンストラクターの タイトル獲得にも大きく貢献した
240509 L.BANDINI F1マシンコレクション 1964FW12C
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2018 11TH IXO McLAREN MCL33 F.ALONSO
アロンソ F1活動休止 ルノーエンジン McRALEN MCL33 2018年アロンソはマクラーレン4年目 パワーユニットはHONDA→ルノーに変更 カラーリングはマクラーレン伝統の パパイヤオレンジ・ブルーに変更 チームメイトはスフェトル・バンドーン シーズン前テストではトラブル連発も 開幕戦では予選11位→決勝5位入賞 マクラーレンは4年ぶりの開幕戦入賞 その後7位→7位→7位 3戦連続入賞 R5スペインGPからはBスペックともいえる バージョンを投入し予選初のQ2進出 決勝も8位に入り開幕から5戦連続入賞 しかし後半戦は勢いがなくなり 入賞は21戦中9回 最高位は開幕戦の5位 この年アロンソはF1と並行して ル・マン・24時間に参戦し優勝 グラハム・ヒル以来の 〖世界三大レース制覇〗に王手をかけ (F1モナコGP インディ500 ル・マン24H) 2019年シーズンはF1に参戦しないと表明 F1活動休止 2021年にルノーで復帰 モデルはIXO (デアゴスティーニ) F1マシンコレクション122号 アロンソ F1活動休止前ラストレースの 最終戦R21アブダビGP仕様 予選15位→決勝11位 ヘルメットカラーと同様の ブルー/イエロー/レッドがの配色 スペシャルロゴが入ったモデル
240402 F.ALONSO F1マシンコレクション 14FW12C
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2019【WORLD CHAMPION】IXO MERCEDES AMG F1 W10 EQ POWER+ L.HAMILTON〖🏆11〗
🔲🔲🔲2019🔲🔲🔲 👑WORLD CHAMPION👑 MERCEDES W10 EQ POWER+ ⬜⬜ L.HAMILTON⬜⬜ 🔲🔲🔲全21戦🔲🔲🔲 【出走】21回【PP】5回 【優勝】11回【FL】6回 通算6度目のワールドチャンピオン ドライバーズタイトル3連覇 自己ベストタイの年間11勝 60年ぶりに復活となった ファステストラップポイントも 2019年シーズン最多の6ポイント 全戦入賞&全周回完走 F1通算1000レース目記念となった R3中国GPでも予選2位から逆転勝利 モデルはIXO(デアゴスティーニ) R11ドイツGP仕様 予選PP→決勝9位 モータースポーツ発祥125周年を祝う 特別カラーリングでの出走 加えてメルセデスはF1参戦200戦目 ハミルトンは11位フィニッシュも レース後アルファロメオ2台がペナルティ 9位に繰り上がり全戦入賞につなげた
240318 L.HAMILTON F1マシンコレクション 2019FW12C
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1977 (45TH) IXO RENAULT RS01 J.P.JABOUILLE
オールフレンチ ルノーデビュー ジャン・ピエール・ジャブイユ RENAULT RS01 1977年フランスのルノーが参戦 RS01にはF2用をベースとした F1初のターボエンジンを搭載 タイヤはミシュランが初参戦 F1初のラジアルタイヤを装着 燃料はエルフ ドライバーはジャン・ピエール・ジャブイユ オールフレンチでのF1挑戦が始まった R9フランスGPはあえて避けて R10イギリスGPよりデビュー 予選21位→決勝はエンジンが壊れリタイア 2戦欠場後のR13オランダGPでは 予選10位と健闘も決勝はリタイア 年間で5戦出場 1度予選落ち 決勝進んだ4戦はいずれもリタイア たびたびエンジンから白煙をあげ イエロー・ティーポットを揶揄された 最終戦日本GP(富士SW)は不参加 F1界においてはターボエンジン 幕開けに向けた記念すべき1台 モデルはIXO (デアゴスティーニ) F1マシンコレクション GP仕様の表記はないが フロントウイング形状 リアウイングのカラー・ロゴから 初参戦のR10イギリスGP仕様と思われます
240208 J.P.JABOUILLE F1マシンコレクション 1977FW12C
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2017【WORLD CHAMPION】IXO MERCEDES W08 EQ POWER+ L.HAMILTON〖🏆9〗
🔲🔲🔲2017🔲🔲🔲 👑WORLD CHAMPION👑 MERCEDES W08 EQ POWER+ ⬜⬜ L.HAMILTON⬜⬜ 🔲🔲🔲全20戦🔲🔲🔲 【出走】20回【PP】11回 【優勝】 9回【FL】7回 ハミルトン4度目のチャンピオン 20戦 全戦完走・全戦入賞 #2017年
231223 L.HAMILTON F1マシンコレクション 2017FW12C
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1974 11TH IXO McLAREN FORD M23 M.HAILWOOD
マイク・ヘイルウッド F1ラスト YARDLEY McLAREN FORD M23 1974年マクラーレンは新たなスポンサーで タバコの多国籍企業フィリップモリスの マールボロとアメリカ石油のテキサコを獲得 しかしながら前年までの化粧品会社 ヤードレーとの契約も残っており 所謂Bチームとしてプラス1台体制を取り そのチームにマイク・ヘイルウッドを起用 ヘイルウッドは開幕から3戦連続入賞 R3南アフリカGPは自身2度目の表彰台3位 R4以降の入賞はR8オランダの4位のみ R11ドイツGP終盤5位走行中に マシントラブルによりバリアに衝突 長時間閉じ込められて両脚を骨折 そのままF1からは引退となった その後2輪ドライバ―としては復帰し マン島TTレースと2年連続制覇 1981年に交通事故により愛娘とともに 残念ながらこの世を去った 享年40歳 モデルはデアゴスティーニ(IXO) F1マシンコレクションシリーズは その年の主役以外のモデルも リリースしていたのが魅力のひとつ ヘイルウッドの最後の雄姿の YARDLEY McLAREN M23もその1台 🏁マイク・ヘイルウッド (イギリス) 【決勝出走数】50回(入賞10回-表彰台2回) 【予選最高位】 4位(2回) 1972年 SURTEES R2 南アフリカ 1974年 McLAREN R8 オランダ 【決勝最高位】 2位 1972年 SURTEES R10イタリア 【ファステストLAP】1回 1972年 SURTEES R2 南アフリカ
231027 M.HAILWOOD F1マシンコレクション 1974FW12C
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1967 4TH IXO HONDA RA300 J.SURTESS〖🏆1〗
第1期HONDA 2勝目 ジョン・サーティス HONDA RA300 1967年HONDA第1期4シーズン目 ドライバ―はクーパーから 1964年チャンピオンのサーティスが移籍 そのサ―ティスが大株主であった イギリスのローラ社と提携 予算縮小もあり1台体制での参戦 R9イタリアGPニューマシンRA300を導入 予選は9位からスタート 終盤までトップが5名のドライバーで 入れ替わる大混戦の中 最終ラップでサ―ティスは J・ブラバム(ブラバム)のインを差し 最後はわずか0.2秒差で勝利 RA300でのデビュー戦の勝利は 僅かリードラップ1周での勝利 その後RA300がトップを走行は無く 第1期HONDAの最後の2勝目で サ―ティスの通算最後の6勝目でもあった
230613 J.SURTEES F1マシンコレクション 1967FW12C
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1979 12TH IXO LOTUS FORD 80 M.ANDRETTI
野心的グランド・エフェクトカー M・アンドレッティ 3戦限りのLOTUS 80 ロータス79の成功を基にダウンフォースを 全てグラウンド・エフェクトのみで確保 テスト走行の段階では 前後のウィングを完全に排するという 野心的なマシンロータス 80を投入 実際には前後のウイングが付いて登場 R5スペインGPで投入されると 予選4位→決勝3位表彰台獲得 しかしロータス80はベンチュリー効果は 増大したもののマシンの加速時や減速時に 波動的な縦揺れが発生してマシンの姿勢が 安定せず まともに走行できる状態でなかった ロータス80が決勝に投入されたのは アンドレッティ車 決勝は3戦のみ 後半戦は再びロータス79にマシンを戻したが 成績は向上せずに 結果ロータス80での 3位が年間のベストリザルト チームとしても表彰台1回のみ 前年度ワールドチャンピオンが まさかの年間12位となりチームメイトの C・ロイテマン(年間7位)にも敗れた モデルはデアゴスティーニの F1マシンコレクション 106号 主戦マシンだけでなくこのようなモデルを リリースしてくれたのはコスパ的にも このシリーズの魅力的な所 https://muuseo.com/FW12C/items/723
230217 M.ANDRETTI F1マシンコレクション 1FW12C
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1971 4TH IXO FERRARI 312 B2 J.ICKX〖🏆1〗
1971年チャンピオン候補 J.イクス 後半戦まさかの失速FERRARI 312 B2 1970年の後半戦より好調のフェラーリ 1971年の前半も好調を維持 J.イクスはR2~R4で 予選PP2回 決勝は1~3位を各1回獲得 この時点でランキング2位 しかしR5~は一転して決勝で苦しみ 5戦連続リタイアを含むノーポントに終わる 1971年の新しいレギュレーションで タイヤがグループからスリックに変更 ファイアストン製のスリックタイヤと 新車の312 B2のリア・サスペンションの 相性の悪さが不振の主な原因と言われている R11最終戦アメリカGPでは 旧車の312Bに戻すなど ドタバタ劇で期待外れのシーズンとなった 最終的にイクスは年間順位は4位 WCのJ・スチュワート(ティレル)とは 3倍以上のポイント差で終わった #F1-1971年 #F1
220923 J.ICKX F1マシンコレクション 3回FW12C
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1977 7TH IXO SHADOW DN8 A.JONES〖🏆1〗
アラン・ジョーンズ 初優勝 チームSHADOWの唯一の勝利 DN8 1977年A・ジョーンズは事故死した T・プライスに代わりR4アメリカWより出場 R6モナコ 決勝6位 R7スペイン 決勝5位 連続入賞を果たし勢いに乗る R12オーストリアGPでは 予選14位ながら不安定な路面状況を読み 12周目に4位 16周目に2位に浮上 残り11周でJ・ハント(マクラーレン)が エンジントラブルよりトップに浮上 そのままチェッカーで優勝 これはアラン・ジョーンズの初優勝 ジョーンズの生涯勝利数は12回 また1973年から1980年途中まで参戦する チームSHADOWにとっては唯一の勝利 ジョーンズは最終日本GP 富士SWで4位入賞 前年に続き日本GPでの連続4位入賞 ◆R17日本GP 富士SW 予選12位→決勝4位◆ このモデルは葉巻 フィルターのスポンサー Villigr AMBROSIO(Kiel)のロゴが無し SPARKのモデルは貼られているので謎ですが 現時点ではデカールは海外から取り寄せに なるので・・・どうしよかと悩み中 #F1-1977年 #F1-初勝利
A.JONES F1マシンコレクション 17 147FW12C
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1974 6TH IXO BRABHAM BT44 C.REUTEMANN〖🏆3〗
1974年 R5ベルギーGP 1戦限りのHITACHIのスポンサー仕様 カルロス・ロイテマンは ブラバムで3シーズン目の 1974年R3南アフリカGPで初優勝 迎えたR5ベルギーGPは一転苦戦 ゴードン・マレー デザインのBT44が ニヴェルサーキットに合わず予選24位 決勝も62周目(全85)燃料系トラブルでリタイア このGPは1戦限りで日本のHITACHがサポート HITACHIのロゴと赤い特徴的なマーク CAR RADIO CASSTTE PLAYER と 書かれたマシンで出場した ブラバムはこのGPに5名エントリー レギュラードライバーの C・ロイテマン J・ワトソンに加えて R・フォン オペル オペル一族 F1で唯一のリヒテンシュタイン出身 G・ラルース (フランス) 1987年~のラルースチーム創設者 T・ピレット (ベルギー) F1で2組目の親子ドライバ― バラエティーなドライバ― ラインナップであった カルロス・ロイテマン 追悼モノ日記↓ https://muuseo.com/FW12C/diaries/3 #F1-1974年 #HITACHI #1974年
C.REUTEMANN F1マシンコレクション 1974 1回FW12C
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2005 24TH IXO RED BULL RB1 V.LIUZZI
RED BULL初年度2005年モナコGP STAR WARS 特別仕様車 V.リウッツィ ヴィタントニオ・リウッツィ イタリア出身 2005年デビュー レッドブルより4戦のみ出走 初戦のR4サンマリノで予選15位 決勝は8位入賞 デビュー戦での入賞 R6モナコGPは スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐の プロモーションを兼ねたSTAR WARS特別仕様 予選12位→決勝はリタイア デアゴスティーニの F1マシンコレクションの146号/全150号 チームメイトのD・クルーザードではなく リウッツィでのリリースはナイスチョイス #STARWARS
V.LIUZZI F1マシンコレクション 15 146FW12C
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1979 (23RD) IXO McLAREN M28 P.TAMBAY
北米シリーズ限定カラーリング ブルー/ホワイトのMarlboro マクラーレン 1979年パトリック・タンベイは マクラーレン2年目 TMはJ・ワトソン 開幕戦よりマクラーレン初の グランドエフェクトカーM28を導入 R4アメリカWEST ロングビーチ お馴染みの赤/白Marlboroカラーでなく ドイツのビールメーカー レーベンブロイのイメージカラーを メインとしたカラーリングを採用 しかし結果は振るわず予選19位→決勝R モデルはMarlboroをデカール加工実施 M28は完全なる失敗作で旧型M26に戻したり 後半からはM29を投入するも2度の予選落ち 決勝もR9イギリスの7位が最高 J・ワトソンが7回入賞15ポイントに対して P・タンベイはノーポイントに終わる マクラーレンのレギュラーフル参戦の ドライバ―が入賞無しで終わるのは 現在まで1979年のタンベイのみ タンベイは翌1980年はシートを失い 1981年はセオドールとリジェで参戦 #F1-1979年 マクラーレンM28通常Marlboroカラー↓ https://muuseo.com/FW12C/items/738?theme_id=34203
P.TAMBAY F1マシンコレクション 8 143FW12C
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1985 (31ST) IXO TOLEMAN TG185 T.FABI
トールマン チーム史上唯一のPP TOLEMAN TG185 テオ・ファビ トールマンチームはタイヤの供給問題で 1984年途中にピレリ→ミシュランに変更 1985年はミシュランが撤退 ピレリに戻れず グッドイヤーも供給拒否でタイヤが無い状態 開幕3戦を欠場する事態となった 嫌気をさしたオーナー テッド・トールマンは チームの撤退を示唆 ここに現れた救世主が イタリアのファッションブランド ベネトン トールマンだけでなく撤退予定のスピリットも 買収しスピリット分のピレリタイヤで参戦 ロリー・バーン作のTG185はテストでも 好タイムを出しており特に高速サーキットは トップクラスのスピードを持っていた R9ドイツGPでは前年度所属のA・セナでも達成 していないトールマン史上唯一の ポール・ポジションをT.ファビが獲得 2位のS・ヨハンソン(フェラーリ)に +1.187秒の差をつける大差のPP 決勝はクラッチのトラブルでリタイア その後も予選ではシングルグリット獲得も 信頼性不足で決勝はR12イタリアの12位が最高 ベネトンは個性的な広告キャンペーンの一環で マシンに国旗をあしらった何とも印象深い デザインを施し注目を浴びた 翌1986年からはチームベネトンとして参戦 個性的なデザインは継続され トップチームへと昇り詰める 足がかりとなった1台かもしれません #F1-1985年 #F1マシンコレクション
T.FABI F1マシンコレクション 19 141FW12C
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2018 13TH IXO SAUBER C37 C.LECLERC
シャルル・ルクレール 24年ぶりのモナコ出身ドライバ― 2018年ルクレールはザウバーからデビュー エンジンはフェラーリ アルファロメオがスポンサー TMはマーカス・エリクソン モナコ出身のF1ドライバ―は ルクレールで通算4人目 1994年のオリビエ・ベレッタ(ラルース) 以来24年ぶりの出来事 R4アゼルバイジャンGPで予選13位から 決勝6位初入賞は2018年のベストリザルト 21戦中10戦の入賞 39ポイント 年間13位 エリクソン 9ポイント 17位を大きく上回った この年ドライバーの頭部の保護目的の 装置のHaloが取り付けられ R13ベルギーGPでは多重クラッシュ時 Haloのおかげでルクレールは無傷で済んだ 2019年K・ライコネンと入れ替わる形で フェラーリに移籍 以降現在まで所属 ルクレールの24年前のモナコ出身 ドライバ― オリビエ・ベレッタ↓ https://muuseo.com/FW12C/items/611 #2018年
C.LECLERC F1マシンコレクション 16 124FW12C